2014年12月13日

B14 インドネシアの声、トリビア(その5)

インドネシアの声、トリビアのその5。
その4の続きです。
http://radio-no-koe.seesaa.net/article/410172908.html

インドネシアの声日本語放送の魅力は、なんと言っても日本語の難解さ、でしょうか?

これが最大の魅力でもあります。今日は、この秘密を探ります。

インドネシアの声のラジオ放送の始まりは、戦前の日本占領時代でした。日本が降伏した後、旧宗主国オランダが再び口を出すようになり、そのオランダからの独立闘争、軍事政権という苦難な歴史を経て、現在に至りました。インドネシアは、その後、アジアのリーダーとして民主国家として立ち上がり、この局の位置づけも「国立放送」から、広告放送も引き受ける中立的な「公共放送」へ変化しました。

日本語放送のサイトに、以下のようなページがあります。

「VOIについて」「法的根拠」
 
 LPP RRIインドネシア共和国を公共放送ラジオ放送で放送局である。(訳:RRIインドネシア共和国放送は、公共のラジオ放送である)LPP RRIの位置は、2002年の32号放送法第を法案(ほうあん)の可定(かさだむ)させると強くなった(訳:RRIの法律的な位置づけは、2002年に制定された32号放送法により、強化された)


この「32号放送法」とは何を意味するのでしょうか?

実は、ここに、外国人スタッフが放送にかかわることができなくなった理由があります。

インドネシアの放送局に対する監督官庁は「通信情報省」http://www.kominfo.go.id ですが、さらに、この国には、放送内容を中立に保つための監視機関「インドネシア放送委員会」(KPI)http://www.kpi.go.id という組織があります。

KPIは、インドネシアのすべての放送局が提供するコンテンツを規制する役割を持ちます。しかし、インドネシアは独裁国家ではありませんので、ここは、国民にとって害のあるコンテンツをチェックする役割を持ちます。たとえば、「ISIS(Isramic State)が主張するプロパガンダは放送しない」という通達を出したり、日本でも有名なアニメ「トム&ジェリー」のシーンが残酷で、それを放送した局へ懲罰が与えられたり、という強い権限を持ちます。

2002年11月に可決され、2003年から効力を発揮している「32号放送法」は、これらの政府機関の定義のほかに、放送するにあたってのガイドライン(ルール)が定められています。かつての軍事政権下での言論弾圧を連想させるもので、多くの議論が生じた末、定まったという経緯があります。

このガイドラインの中に、政府の許可なく外国事業者の作成したニュースの放送を禁止する、という内容が入りました。これが、2006年ごろから厳格に適用されるようになり、当然のことながら、外国人スタッフを雇っていたインドネシアの声もこの影響を受けます。

2000年代に入り、三才ブックスさんが発売されたBCL本にも、インドネシアの声日本語放送には、日本語に堪能なスタッフ(奥信行さんほか)がご参加されていたことが紹介されています。しかしながら、「32号放送法」が有効になったことがきっかけだったのでしょうか、2008年頃から、突然、日本語に堪能(たんのう)なスタッフが放送にかかわることができなくなってしまったようです。

時々、番組のオープニングに、流暢な日本語が聞こえるのは、当時のスタッフの録音が残っているため、のようです。

インドネシアは10月の大統領選挙にて、それまで国家の英雄、英雄の娘・・・という選び方が続いてきたところに貧しい家庭の出身という新しいスタイルの大統領が選ばれました。この国の変化に、日本は無視できないはずです。

以上、インドネシアの声、トリビアその5でした。来週もお楽しみに。

【参考資料】総務省:世界情報通信事情(インドネシア)

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http://blogs.yahoo.co.jp/radio_no_koe
posted by ラジオの声 at 10:53| Comment(0) | ストリーミング放送 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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