2019年8月のHCJB日本語放送にて放送されたインタビュー番組が配信されるようになりました。
インタビューの対象は 1989年までスリランカから日本語放送を担当していた岡田陽子さん。インタビュアーは金澤江美さん。その録音を Radio Samalanaya の Amy(えぃみぃ)さんが 2021年2月23日からブログにて公開しています。かぴとうさんによる「かぴとうラジオ」(2021年2月20日配信)にてSLBCの話題が取り上げられたことをきっかけに、公開していただいたものです。
[Radio Samalanaya] 2021年2月23日配信。陽子さんへのインタビュー。('21.02.23)
このエピソードは、スリランカSLBCから放送を始めた経緯など約24分間の録音です。この他に、Amyさんが保管しているスリランカからの日本語放送の録音は、リスナーズクラブの件と共に、次の配信で紹介されています。
[Radio Samalanaya] 2021年1月28日配信。 ('21.01.28)
この録音は1985年のものだそうです。当時の放送時間については、三才ブックスの『ラジオライフ バックナンバー 1980年代編』によれば、1985年頃は月曜2005-2020、金曜の 1935-1950 でした。なお、同誌が創刊された直後の 1980年は毎週月曜・金曜の 2000-2015 11835, 1210, 17850 でした。
また、ラジオライフ1980年10月号によれば、インタビューでも話題にあった岡田さんの一時帰国は 1980年7~8月頃とあり、BCLブーム絶頂期の多忙な帰国であったことが想像されます。
当時のスリランカは、多数派を占めるシンハラ人に対立する「タミルの虎」(LTTE = タミル・イーラム解放の虎)と呼ばれたタミル人武装組織との内戦をかかえていた頃です。1987年からタミル人寄りのインドが停戦監視団として介入し、1989年から停戦交渉が始まり、政治的な変動が生じた時期でもありました。
1971年から続いた日本語放送も政変に伴い1989年10月を最後に突然終了となりました。この件は、ラジオライフ 1989年12月号にも、美貌な岡田さんの写真と共に紹介されています(同号ではBBCの日本語放送も存続の危機にあることも伝えられました)。
その一方、この時期のスリランカでは、NHKが中継所の整備を進めていた頃と重複します。マイアミ WRMI から放送中のDX情報番組 WAVESCAN の2020年12月27日番組によれば、日本政府の支援により2台の 300kW 短波送信機がエカラ (Ekala) に新設され、SLBCにも新たに 10kW 送信機が無償供与されました。その後、NHKの国際放送は 1991年に正式放送開始となりました。のちにこの送信機はドイチェ・ヴェレのトリンコマリー (Trincomalee) 送信所に引き継がれ、エカラの送信所も閉鎖となりましたが、いずれにしても、この設備からSLBCの日本語放送が実施されることはありませんでした。
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【リンク】
SLBC : SLi Lanka Broadcasting Corporation (English)
Thanks to @amyxxxamyxxx @KAPITOSAN #BCL #短波放送 #スリランカ #BCL女子 #SLBC
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2021年02月25日
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